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福岡高等裁判所 昭和28年(ネ)239号 判決

控訴人 原告 平山庄市

訴訟代理人 江口繁 外一名

被控訴人 被告 須山華市

訴訟代理人 杉村逸楼

主文

原判決を次の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し金十万九千四百八十円及び之に対する昭和二十六年十一月九日以降右完済迄年五分の割合による金員を支払え。

控訴人其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共之を四分し、其の一を被控訴人の負担、其の三を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十四万六百四十八円及び之に対する昭和二十六年十一月九日以降右完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに「被控訴人の附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並びに附帯控訴の趣旨として「原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述・証拠の提出・援用・認否は、

被控訴代理人に於て「本件建物に関し当事者間において、形式上は一応賃貸借契約の形をとり、金二十五万円は敷金とし、被控訴人は一ケ月につき金一万円宛の賃料を支払うことを約したけれども、その実質は建物の売買契約であつて、右金二十五万円は内金の支払であり、一ケ月金一万円宛の賃料と云うのは、実質上は、売買代金残額の支払を延期して貰うことに対する延べ料の趣旨に外ならない。なお、本件建物は昭和二十四年十一月建築に着手し翌二十五年二月竣工したものであるから、之が所有者に対しては昭和二十五年度分として建築税及び不動産取得税が課せらるべきものであるが、被控訴人は右建物を賃借するに当り、控訴人の要請により、右両税の内課税額の少ない建築税を被控訴人に於て負担することを約したが、その課税額の大きい不動産取得税までも負担することを約したことはないのであつて、甲第一号証(賃貸契約書)記載の新築税は建築税を指称するもので、不動産取得税をも包含するものではない」と述べ、

証拠として控訴代理人は甲第七号証の一乃至三、甲第八号証の一・二、同第九号証の一乃至十一を提出し、当審に於ける控訴本人尋問の結果を援用し、当審に於ける昭和二十八年九月八日の口頭弁論期日の控訴本人尋問調書第五項中(記録第一三五丁)十行目に「建築税のことを新築税と申して居りました」とあるは「不動産取得税のことを新築税と申して居りました」の誤記であると述べ被控訴代理人は甲第七号証の一乃至三、第八号証の一・二、同第九号証の一乃至十一の各成立を認め、当審証人小川登の証言及び当審に於ける被控訴本人尋問の結果を援用し、控訴代理人主張の右調書誤記の点は争わない、と述べた外、原判決事実摘示と同一だから(但し原判決に証人「岩崎博」とあるは、「岩崎博一」の誤記であるから、訂正する)ここにこれを引用する。

理由

成立に争のない甲第一号証、原審並びに当審に於ける控訴本人及び被控訴本人尋問の各結果(いづれも後記措信しない部分を除く)を綜合すると、控訴人は、他に売却する目的で昭和二十四年十一月頃本件建物の建築に着手し翌二十五年三月竣工したので、間もなく新聞広告によつて右建物及びその敷地の買主を求めたところ、被控訴人に於て之に応じ買受の申出をなしたが、当時被控訴人には右建物及び土地代金八十万円を一時に支払うことの控訴人の要求に応ずる資力がなかつた。そこで両者折衝の上同年四月十五日被控訴人は差当り本件建物を控訴人より賃料一ケ月一万円にて賃借することとし、之が敷金として金二十五万円を控訴人に差入れると共に若し被控訴人に於て同年十二月末日迄に右売買代金八十万円から右二十五万円を差引いた残代金五十五万円を完済したときはその時に於て右建物及び土地の所有権を取得すること、被控訴人が右五十五万円の半額を同年八月迄に支払つた時は爾後被控訴人の本件建物の賃料債務を控訴人は免除すること、及び、本件建物新築による課税は被控訴人に於て負担することを約して、之が証として互に賃貸借契約書(甲第一号証)を取交した上、被控訴人は控訴人に敷金として金二十五万円を交付して控訴人より本件土地建物の引渡を受け、爾来之を使用収益して同年七月迄は約旨に従う賃料の支払を履行して来たが、同年八月迄に支払うべき金五十五万円の半額の支払を為さず、又同年八月以降の賃料の支払をもなさなかつたけれども、同年十二月二十八日売買代金の内金十七万円を控訴人に支払つて控訴人から本件建物及び土地につき所有権の移転を受け之が取得登記を経由した事実を認めることが出来る。(以上の内金十七万円支払の事実と登記の事実は当事者間に争がない)控訴本人及び被控訴本人尋問の各結果中右認定に副はない部分は、いづれも当裁判所の措信しないところで、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被控訴人は「同年十二月二十八日控訴人より右売買代金八十万円を金七十万円に減額された」旨主張するけれども、当裁判所の措信しない原審並に当審に於ける被控訴本人尋問の結果及び当審証人小川登の証言を外にしては之を認むるに足る証拠がないから、被控訴人の右主張は採用せぬ。

そこで右売買代金の支払関係について見るに、控訴人は被控訴人より右代金に繰入れらるべき前記金二十五万円の敷金の外に、昭和二十五年十二月二十八日金十七万円、翌二十六年二月二十日金五万円、同年三月二十一日金一万四千円、同年三月三十日金二千円、同年一月一日以降同年五月六日迄の間に金二万五千円、同年五月より同年八月迄の間に金三万五千円、昭和二十七年十一月中金二十万円をそれぞれ売買代金の内金として支払を受けたことは控訴人の自認するところである。尤も控訴人は、さきに「昭和二十六年五月より同年八月迄の間に金三万五千円を売買代金として支払を受けた」旨陳述したが、この三万五千円は昭和二十五年四月十五日から同年七月末日迄の家賃金として昭和二十五年五月から八月迄の間に受取つたものであるから、右自白は取消すと主張するけれども、右自白が真実に反し且錯誤に基くものであることを認むるに足る証拠は何もないから、右自白の取消は許すことが出来ない。被控訴人は「昭和二十六年五月から同年八月迄の間に支払つた金額は、右金三万五千円の外に、なお金一万五千円存する」旨主張し之が証拠として乙第一号証を援用するけれども、同号証の記載によれば、その作成日附は昭和二十五年五月で、同号証は「金一万五千円也四月半月ト五月分」を領収する旨の証書であることが明かであるから、同号証は寧ろ本件建物に対する賃料の受領証と認めるのが相当であつて、他に被控訴人の右主張を認めしむるに足る証拠はない。

そうすると、被控訴人は本件売買代金の内合計金七十四万六千円の支払をなしたに止まり、なほ残代金五万四千円の未払債務を負担するものといわねばならない。

次に、被控訴人が昭和二十五年八月以降本件建物の賃料を支払つていないことは冒頭説示の通りであるから、被控訴人は控訴人に対し、昭和二十五年八月以降被控訴人が右建物の所有権を取得した同年十二月二十八日迄一ケ月金一万円の割合による賃料合計金四万九千三十二円(同年十二月は二十八日分)の限度に於て之が支払義務あるものとせねばならぬ。

被控訴人は「本件建物は昭和二十四年十一月建築に係るものであるから、右賃料については地代家賃統制令の適用があり、県知事の認可を要するものであるところ、之が認可のない右賃料の取極めは無効だ」と主張するけれども、冒頭に認定した通り、もともと控訴人としては、本件建物を代金八十万円で売却しようと欲したが、被控訴人において八十万円を一時に支払う資力がなかつたので、双方折衝の結果、被控訴人は一先ず敷金名義で金二十五万円を控訴人に支払い、残代金の支払を後日に延ばすこととし、しかも物件は直に被控訴人に引渡してこれが使用収益を為さしめることとしたので、その残代金の支払あるまで被控訴人より賃料を支払うこととした次第であるからして、「賃料」とは云うものの実は被控訴人が売買代金の一部の支払を延期して貰う為に負担した金員に外ならないわけである。更に云うならば、本件の契約は通常の賃貸借における様な物の使用収益とその対価たる賃料の支払を契約の主たる目的としたものではなくて、売買を主たる目的としてその目的を達成する為の附帯的一方法として賃貸借を加えたものに外ならない、とも云える。左様なわけであるから地代家賃統制令は本件のような賃貸借には適用がないものと解するのが相当である。従つて、この点の被控訴代理人の抗弁は採用し難い。最後に本件建物に対する不動産取得税の負担について検討するに本件建物につき控訴人に於て不動産取得税として金九万九千二百円、建築税として金六千四百四十八円合計十万五千六百四十八円を納入したことは成立に争のない甲第八号証の一、二、同第九号証の一乃至十一により明白なところであり、右の内建築税を被控訴人に於て負担すべき約定であつたことは被控訴人の自認するところであるけれども、不動産取得税をも被控訴人が負担すべき約旨であつた事実は当裁判所の措信しない原審並に当審に於ける控訴本人尋問の結果の外には之を認むる証拠はない。ところで、被控訴人は「右建築税は自己に於て負担すべきではあるが、之を控訴人に支払う旨約したことはない」というけれども、納税義務者たる控訴人の納付すべき税金を被控訴人に於て負担することを約する以上、特に当事者間において右税金を被控訴人が直接徴収庁に納付すべき旨の意思表示が為されていた等の特段の事情の認むべきものの存しない限り、被控訴人は控訴人に対し右税額相当金を支払うべき債務を負担したものと認むるのが相当であり、殊に既に控訴人において自ら右税金の納付を了した後は尚更左様に解すべきであるから、被控訴人は控訴人に対し控訴人の負担した建築税金額に相当する金六千四百四十八円を支払うべき義務あるものといわねばならぬ。

以上認定の如く被控訴人は控訴人は控訴人に対し本件建物及び土地売買代金の残金五万四千円、本件建物の未払賃料金四万九千三十二円及び本件建物に対する建築税に相当する金六千四百四十八円以上合計金十万九千四百八十円及び之に対する本件訴状が被控訴人に送達せられた日の翌日であること本件記録上明白な昭和二十六年十一月九日以降右完済迄年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものとせねばならぬから、控訴人の本訴請求は右の限度に於てのみ正当として認容すべきであるが其の余は失当として之を棄却すべきものである。

よつて本件控訴及び附帯控訴はいづれもその一部理由があるから原判決を変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 森静雄 判事 竹下利之右衛門 判事 厚地政信)

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